雑記帳

 

 

山への想い ・言いたいこと ・その他感じたことなど短くマトメていきます。拙い表現ですが想うところをお汲取りください。
 

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 番号

  年  月   日

タ  イ  ト  ル

内            容  

 027

 05. 8.25

 完全に理性を失った小泉さん

 

 

 026

 05. 8.25

 小泉流郵政民営化法案の行方-Ⅲ

 

 

 025

 05. 8.25

 小泉流郵政民営化法案の行方-Ⅱ

 

 

 024

 05. 8.25

 小泉流郵政民営化法案の行方-Ⅰ

 

 023

 05. 6.26

 意地で信念を貫く小泉さん

 歓迎されない不評の意地に凝り固まって・・・何も見えないようだ

 022

 05. 6.08

 自己満足より国益優先すべし

 先輩首相のアドバイスに耳を傾けるときだが・・・

 021

 05. 5.21

 中・韓に愛想を尽かされた小泉さん

 奢れるもの久しからず

 020

 05. 5.21

 お邪魔虫

 ネットのメールは便利とは言えマナーは守りたい

6

 019

 05. 3.01

 主人なき山頂避難小屋-Ⅱ

 山頂避難小屋は一部の人だけの都合の良い場所にしてはならない

 018

 05. 2.19

 悲しいできごと

 苦しさに耐え、いつの日か生きて来たからこその喜びを!

5

 017

 05. 2.17

 置いてけぼり

 寂しくも去り行く人に成功とご多幸を祈ろう

 

 016

 05. 2.15

 挨拶

 人との挨拶は互いの励まし、山へは感謝の気持ちを込めてご挨拶

 

 015

 05. 2.14

 ゴミ処理対策

 ゴミの押し売りへの対策は?

 4

 014

 05. 2.09

 主人なき山頂避難小屋  

 大人の告げ口ほど滑稽でみっともないものはない

 

 013

 05. 1.24

 カタツムリの宿 

 お山の天候の悪いときはお宿の手入れです

 

 012

 04. 7.31

 人は見かけによらない

 外見だけでの人の判断は・・・見誤りかねません

 3

 011

 04. 7.29

 心開けば

 謙虚に、そして正直に生きて行きたい

 〃

 010

 04. 7.05

 引越し

 人生最後の引越し先は?

 〃

 009

 04. 5.06

 夢よさらば!

 中古車に新たなる夢を託す

 2

 008

 03.10.07

 大山夏道修復工事雑感

 何時まで続く夏道修復工事

 

 007

 03. 6.20

 故郷の山を歩いて

 宿場町根雨と父のこと

 1

 006

 03. 2.01

 発行後記

 発行にあたって

 

 005

 03. 1.28

 大山の魅力

 大山の魅力は・・・山容?優しさ?厳しさ?・・・何なのでしょう?

 

 004

 03. 1.18

 山よ!また逢いなん

 山懐に身を置けばそこは揺りかごの世界です

 

 003

 02.12.08

 山は吾が人生の道祖神

 山は人生の道しるべ・守護神です

 

 002

 02.10.20

 山へ行こう!

 ぶなの森 ・雲 ・風 ・小鳥が誘っています

 

 001

 02. 6.10

 さあ出かけよう!

 山へのスタートです

 


 

[ 011 ]  心開けば

 04. 7.29


先日、山友達の○○さんからメールが届いた。
どうやら私の 「
雑記帳」 の 引越し を読まれて感ずるところがあったらしい。

メールには彼の幼い頃の二つの忘れることのできない出来事が書いてあった。
これらの事件は、やがて彼の運命を決定づけることになる重大事件だったようだ。 そのときの
顛末が詳しく記してある。

味わい深い事件だけに、その
第一話を受け取ったとき、私だけへのものとして仕舞い込んで置くのが勿体無くて、
直ぐに
寄稿欄 への掲載をお願いした。



雑記帳」 の 「引越し」 では私の若い頃の過去を若干ながら正直に記載している。
拙いホームページだが、アクセスしてくださっている方々のことを思えば、嘘やハッタリ、いい加減なことを書くわけにはいかない。

私は60歳をとっくに過ぎており、日毎年毎に残り少なくなっていく人生である。
退職して第一線を退いた今、世間体を気にしたり、取り繕ったり、見得を張って格好良く見せる必要は全く無くなった。
この先何事に対しても真正面に受け止め、自分を隠さず曝け出し、本音で当たり、謙虚に正直に生きて行きたいと願っている。

謙虚に物事を見つめ、謙虚に人のお話に耳を傾け、正直に胸の内を語り、正直に書き残して伝えて行けば、
清々しい気分になれる。 小学校で習った 「清く、正しく、美しく」 でありたいのだ。

嘘は天に向かって唾することでありやがて自分に降りかかる。 嘘が嘘を呼び際限なく嘘を繰り返さざるを得なくなる。

尤も、私のこうした生き方を危ぶみ訝る向きはある。 しかし今失うものは何もない。 気持ちに忠実に生きて行こうと思う。
恥晒しの失態が生じる虞なしとは言えないが、若し生じても気にしなければどうってことはない。

勿論、生来の小心者の私は、人に対しても自然に対しても、未だある程度の警戒心を持っている。
しかし、この先更に歳を取るに連れて次第に薄れて行くのは間違いない。
それでも、いつの日か心確かなうちに進んで警戒心を解き放ちたいと思っている。



つい最近、大山で出会った人から 「私の山歩きの原点」 のお話を伺った。
以前はよく出会ったお人だが最近では自分の山歩き回数が減ったこともあってあまり出会わなくなっている。
久しぶりに出会った剣ヶ峰で山の話をしている内に、向こうから自発的に話されたものだった。

「私の山歩きの原点は、3歳のとき母に連れられて、根雨町の高尾(こう)から二部へ歩いたことにあります」 と。
自分の育った 「根雨」 を通ってということに驚いた。 丁度その頃私は鳥取から母の里根雨に戻っていたのだ。

高尾から二部への道は根雨とJR駅の川下 (北方) にある船場(ふなば)を通る。
二部の何処なのか尋ねなかったが高尾から10キロは越えていたであろう。  しかも3歳の身にとっては大変な道程だ。
今の道路のようにトンネルはなく峠越えの山道だ。  それに終戦前は食料とて十分ではなかったはずだ。

親戚を訪ねての行脚だったらしいが、日は落ちて暗くなった夜道の、遠くに見えてきた民家の灯りに、
「あそこまで歩けば・・・」 の気持ちで頑張ったそうだ。
そして着いた後は全く何も覚えていないらしい。 きっと疲れと 「もう歩かなくても良いんだ」 との安堵で
崩れるように眠って仕舞われたのだろう。

幼子にとって母と一緒とはいえ愉しかろう筈も無い長い峠越え。
この日のことが 「三つ子の魂・・・」 で忘れられない人生の一コマとして脳裏に焼き付いているのだ。
確かな素性も判らない私にこんなお話をされたのは大山が心開かせ語らせたのだろう。 山の持つ不思議な力である。



先日 「
公共広告機構」 の広告が目に留まった。 それは 抱きしめる、という会話 の広告であった。
「抱きしめる」という、誰にでもできる愛情行為を通じて、子育てに対する意識を喚起していく作品の広告だった。

子どもの頃に抱きしめられた記憶は、・・・ひとりぼっちじゃないんだって思わせてくれたり、・・・の下りが気に入って
山の持つ偉大で不思議な力と人の取るべき生き方に絡めてちょっとばかり考えてみた。



・・・ 人はみな、一人ぽっちで生きて行くのは寂しいものだ。 大人も子供も、男も女もみな同じであろう。
だから、嬉しいとき、悲しいとき、辛いとき、怖いとき抱き合って励まし合い共に分かち合って、一人でないことを確かめる。

人でなくても海や川、山や森、大空であっても同じことだ。
その大きな懐に飛び込み、抱かれ、心癒され、見守られて一人でないことを確かめる。

人と抱き合うのも、大自然に抱かれるのも同じことだ。 一人ぼっちの寂しさから開放してくれる。
人も大自然もみな、優しく抱きしめ、和ませ、励まし、心開かせて、見守ってくれる。

人はみな、可憐な草花、緑の森、囀る小鳥の声、心地よい風の流れ、遥か遠くまで連なる稜線の眺めに酔う。
人はみな、酔いたくて、抱きしめてもらいたくて、心の解放を求めて山を歩く。

そんな気持ちを山はいつでも快く迎え抱きしめ優しく応えてくれる。
母なる山父なる山は、寂しがりの甘える吾が子を優しく抱きしめ、和ませ、励まし、心開かせて、見守ってくれる。

人はみな、幼子の瞳のように澄んだ心で接すれば、幼子のように素直な心で応えてくれる。
人はみな、謙虚に正直に心開いて接すれば、同じように心開いて応えてくれるものなのだ・・・と。



2004年5月23日の「山行記」に書き残したが、山友達温泉マークさんの末っ子で5歳のお子さんが
お父さんに見守られてお母さんと共に大山デビューされた。
その日は夏道の下りだけご一緒したが、転んでも歯を食いしばって立ち上がり、泣き言一つ漏らしていなかった。
結局この日お子さんは夏道の登りも降りも気丈に自力で歩き通している。

子育てが過保護で甘い今の世で、信じられないような微笑ましい光景だ。
上記剣ヶ峰でのお話と同じく、頑張って歩き通したその日のことは、生涯忘れることはないだろう。
これからの長い人生のいつの日か、幼き日の良き思い出として必ずや語るときが来るに違いない。

きっと二人とも、歩き終えた後でお母さんやお父さんにしっかりと抱きしめてもらったことだろう。



心開かれた、優しい山友達の○○さんから期待通り O.K の了解を得ることができた。
やがて、「第二話」 「第三話」 が届くだろう。 大きな楽しみが一つ増えた。

茶化した類の記事や戯れの掲示板のあるホームページに比べ、面白みも人気も無いホームページではあるが、
今回、山好きで真面目に生きる人達の姿を紹介することができて本当に嬉しい。


これを機に、少しだけ胸を張って・・・、内容の充実に向けて頑張りたいと思っている。
 

 


お詫び


当初掲載の記事に誤りがありました。「根雨」から「二部」へではなく「高尾」から「二部」へでした。
文章もそれに合わせて書き換えております。 ご了承下さい。


04.8.17 管理人

 

 

 

 


管理者から一言
 


04.8.09  カトチャン 

先日○○さんに出会った時了解を求めた。 いいお話なので 「隠さず正直に名前を出しましょう」 と。
元々、私が勝手に判断して名を伏せたものだった。 「どうせ見た人・読んだ人は感ずくし判っちゃいますよ」 というわけだ。

全国版でもないHP、見る人・読む人も多くはない。 山の仲間に知られたらより親しみが湧き理解も深まるだろう。

というわけで、強引な説得に笑って・・・納得していただきました。 これで胸のモヤモヤが晴れます。

「○○さん」 こと 「温泉マークさん」 です。

文脈がちょっと怪しくなるところがありますが、訂正せづそのままとして置きます。

 

 


 

[ 010 ]    引越し

 04. 7.05

その1


今回初めて多夢(TAM)「tam」さんの「引越ししてから・・・ を山行記のサウンドとして使わしてもらった。
かなり前にダウンロードしていたが、その内に・・・と思っていたら半年近く過ぎてしまった。


静かで何かノスタルジックな曲で気持ちが落ち着く。 過ぎし日々の思い出に浸るときに効果十分である。
歳を取ったせいではなく昔からの性格なのだが・・・、忙しくガチャガチャと騒々しい感じの曲は好きではない。

7月01日は稜線で久しぶりに落ち着いた気分になれた。 何時もは先を急ぐ歩きなのだがこの日は最初から違っていた。
尤も、今回の山行の最終日となった3日目で、疲れを感じるスタート時から急ぎようもない身体だったが・・・。

ユートピアでの澄んだ青空、咲き始めたギボシ、色づいてきたクガイソウに元気付けられ、
時々ガスの流れる稜線を眺めながらの歩きは、「今日は大山という女神に歓迎されている」 との想いで心も足取りも軽い。

最高峰の剣ヶ峰で女神の微笑を受けながら時の経つのを忘れてのんびり過ごす・・・至福のひと時である。

帰宅して、そろそろ換え時の来たサウンドに 「引越ししてから・・・」 が想い浮かんだ。

過去に別れを告げて、越して来た新転地での新しく始まるこれからの生活に、期待と不安とが交錯する。
部屋まで運び込んだ荷物を解かずにそのまま枕にして、天井を眺めた若き日の我が姿を思い出させるような曲である。


その2


この60余年を振り返るに、今まで何回引越しや移動をしたことだろうか。

終戦直前に生誕地の鳥取から母の故郷である根雨に引っ越したのが最初である。
母と子供4人は父を残して・・・、食糧難と空襲を避けるためであったようだ。

小3の冬には父の故郷である日野上村、今の日南町へ越した。
父の勤務先は既に鳥取lから黒坂町を経て日野上村へと替わっていたが、父の通勤の負担を軽くするためであった。

何れも現在の神戸からすれば大田舎への引越しだ。
しかし、この田舎に遊び豊かな大自然の中で野山を駆け巡ったことは山歩きを始めた今大いに役立っている。
それでも最初の頃は気が付かない内に乱暴な歩き方をして膝が痛くなり自信を失っていた。
我慢強く比較的低山を歩き続ける内に歩き方を覚えて膝の痛みはなくなり、やがて北アへもと欲が出たのであった。

兄姉二人が根雨の高校に通うようになった小6で再び根雨に戻ったが、大学は思いもかけない南の果鹿児島に行くことになった。
多少の荷物を家に残していたのでこれは引越しではなく移動かも知れない。 しかし自分にとっては引越しと同じである。

最初は民家への間借りだったが秋には所属するカッター部(端艇部)の借切る安アパートへ移った。
ここも3年生の全国大会が終わり遠洋航海出航前に、約3ヶ月分の部屋代を浮かすために、荷物を友達MSへ預けた。

無事遠洋航海から戻って、友達愛知のAと福岡のTと同居した。
安かったとはいえ流石に三人六畳一間では狭い。我慢ならず4年生への進級を前に此処を出た。
そして鹿児島での学生生活最後の安住の館、信頼する航海計器の先生が昔入っていたという、安アパートに移る。


その3


4年目に入った春先に、先生の紹介を受けて熊本の友達Kと訪れ、気に入って直ぐ引っ越したのだ。
50歳位だったかどうか、一人者のおばさんの経営するこのアパートは、比較的学部に近く郵便局の裏にあった。
市電の駅も近く、小さな商店も少しあり、映画館 ・パチンコ屋 ・食堂もあって何かと便利であった。

ベニヤ板に囲まれた三畳一間の安普請の部屋だったが、安い割には食事は悪くなかった。
クラスで話しているうちに同級生が後に続き、結局、自分と同じ学部に通う級友計6人が住み付くこととなった。

山々に囲まれて育った自分は、海が特に幼いときからの強い憧れでもなかったが、色々悩んだ末に結局海で働くことを選んだ。
しかし卒業しても直ぐには航海士として船には乗れない。 国家試験に合格し免許を取得する必要があった。

国家試験受験の資格を得るためには更に1年間特設専攻科に進み、練習航海で乗船履歴を付けなければならない。
他にも方法が無いわけではなかったが、これが一番の早い方法であった。
だから鹿児島には5年間住んだことになる。 卒業後6人は皆、思い思いの船会社等に入って別れたのだが・・・。

3年を待たずして友達Hの訃報を知ることになった。 1969年正月明けの鉱炭船「ぼりばあ丸」の時化による沈没である。
山口県の宇部出身の彼は長男坊、結婚してまだ間もなかった。
学生時代に学部の教務科に勤務していた可愛い女の子に 「ホの字」 となった彼、彼女との仲を友達Kや
学部の助手さんらと一緒になって引き合わせた。 所謂 「ちょうちん持ち」 してやったこともある仲だった。残念でならない。

昨年は木更津の友達Hにも先立たれた。まだ還暦過ぎたばかりである。 彼は定年まで勤めあげたのだが病魔にやられた。
年賀状に 「陸に上がったカッパをしている」 とあった。 その時は意味がよく読み取れなかったのだが・・・。
今にして思うと船乗りしていたときと同様に 「相変らずお酒が手放せない生活をしている」 ということだったのだろう。
そしてその量が少し多過ぎたのかも知れない。

残りは4人。地元に残り大学教授として健在のM、指宿に住み自分と同じ業務をしているW、それに熊本のKと私だ。
先に逝った2人もMもWも 「薩摩おごじょ」 と結婚している。 先立った二人は生命運に恵まれなかったのであろう。

皆、還暦をとっくに過ぎているがその後は悪いニュースは伝わって来ない。 其れで良い。 60歳台ではチト早過ぎる。


その4


卒業後一旦根雨に戻ったが、3年後結婚して神戸に住みついた。 垂水区のJR駅に歩いて7分程度のところである。
妻の実家に潜り込み、一度増改築をしたのだが・・・。 そこで13年間我慢の末に今の家に越して来た。
商業地から離れていて少々不便だが、逆に静かであり、広さを求めての引越しであった。

子供も大きくなった。 その内出て行くだろう。 そのときは妻と二人だけとなる。
見映えのしない家だが阪神 ・淡路大震災にも耐えた。 更なる天災・地変がない限りここから離れることは考えられない。

それに妻は・・・、凡そ女性とは、地域に根を張る生き物のようだ。
自分は過去の職業柄何処に移ろうとも抵抗無く住めそうな気がするし苦にならないのだが。
船乗りから足を洗った今、パソコンと山登りの生活に明け暮れし、そのことだけに没頭できるからなのかも知れないが・・・。

更にこの先老いて忘れっぽくなり身体の自由が少しづつ効かなくなることを思えば、
慣れ親しんだこの土地から他の見知らぬ土地へと、自分から進んで引越しすることはあり得ない。

しかも、人間何処に住んでも100%満足することは無いようだ。
今の一戸建ての狭い庭付きの家に住んでいても、いつも何処かへ行って見たくなる。

しかし、山は別として、せいぜい車で見たいところへ脚を伸ばし、しばしそこで雰囲気を楽しむ程度で満足することにしよう。
そして長く住み慣れた今の我が家に帰ることにしよう。

人生最後の引越し先は、この我が家から地獄でなく天国でありたいものだ。


7月01日の山行記


 

 


 

[ 009 ]      夢よさらば!

 04. 5.06


単純に「カッコイイ!」と夢見た「ランドクルーザーシグナス」・・・、しかしその夢は変遷して・・・、現実は広さの快適性を求めて
三菱の「デリカスペースギア」に落ち着きました。 今までオフロードは殆ど走ることはなかったのに、今後走ることがあるかも知れない
可能性に備え、又逆にオフロードも走れるという能力に夢を託して・・・自己満足に浸ることになりました。

高い動力性能をフルに生かせるチャンスはまず無いでしょう。でも「いざ」というときに対応できる車ということで決めたのです。
このホームページの何処かにも記述したように思いますが、燃費の悪いことも取り回しに苦労することも覚悟の上です。

勿論、考えた通りの中古車です。 年金生活の我が身では欲しいと思う車は中古の価格のモノしか入手できません。
新車はとても大蔵省に許可してもらえません。 それでも今回の13年式 ・走行19千Kmは外観も良く満足しています。

燃費を考え、快適性 ・操縦性を求めれば略同じ価格でタウンカーで新車のかなりのグレードのものが購入できそうです。
しかし、ラフなスタイルで出かけることの多い自分の柄に似合った車ということで、こなし切れない無駄な装備が付いて
いようとも、見た目少しワイルドで力強く高い動力性能を持った車が欲しかったのです。


車選びの最大のポイントは、車内で窮屈な思いをせずに眠れるスペースと妻と二人で食事の摂れるスペースのあることでした。
3列シートの定員8人乗りのハイルーフ 「シャモニー」 はこの点十分望みを果たしてくれると思っています。
テントは大小二つ持っていますが、展帳 ・収納が面倒臭くなって最近は全く設営していなくて車中泊なのでした。

そして禁煙車を選びました。締め切っていると室温の上昇とともにやはりタバコの臭いは何処からか漂って来るものです。
あの臭いは肌着まで滲み込むのでイヤなものです。だから、仕事で新幹線に乗って旅する時でも
禁煙車両を選び、仕事の前日にホテル泊するときも禁煙室を申し出ています。

ただ、遊びや仕事先で周囲の皆さんが喫煙されているときは仕方なく諦めて気にしないことにしていますが・・・。
でも、こちらで避けることができる場合は、できるだけ煙から遠ざかることにしています。

後は年式 ・走行距離 ・装備 ・車内外のキズの程度でしょうか。 今回はこれらの点と価格が十分納得できたのでした。

今後、取り回しの悪さはそのうち車に慣れて何とかなるにしても燃費の悪さを如何するかが最大のポイントです。
大山 ・その他の山行回数を減らしたくないとすれば、山へ出かける回数を減らし車中泊を増やしたり、
効率良いドライブコースの選定をしたり、高速道路を極力避けるなどするしか無さそうです。
従って、今以上に出かける前に天気予報を厳しくチェックし、連日好天の時を狙って動き出すことになるでしょう。


さて、7年前の山歩きからず~と自分の足として働いてくれた「CR-V」 は長男にドロップすることとなりました。
あと2~4年の寿命だと思いますが、今しばらく姿は見ることができます。

そもそも、今回の急な話は、女房殿が亭主よりも大切な吾が子長男坊の「つぶやき」に源があるのです。
「今乗ってるプレリュードを手放そうかな~」 と。 長男は通勤に車が必要なので 「それなら父さんの車に乗る?
まだ2~3年は乗れるわよ」 と。

結果は、自分も長男も何か渡りに船の感じとなりました。少なくとも後2年はこのまま「CR-V」 に乗って
それからワンランクアップのSUVかな~と思っていたのですが、次の車の話を四六時中していたから妻の方で
潮時と感じたのかも知れません。 事はトントン拍子で進んで行きました。

急な話に、保険 ・車庫 ・名義変更 ・更に故障の多くなったお買い物車の新替えもあって、ディーラーは3社に絡み複雑でした。
安い新替え車一つの車種選びにも 「Aだ」、「いやBが良い」、「やっぱりAにしようかな」 と大いに迷い、
ディーラーまで巻き添えにして、頭の悪い優柔不断な家族(自分だけ?)は悩んだのでした。

我が家にとって久しぶりの一桁多い買い物だけに将来の財政を圧迫するのは確実。 でも換わりに車は夢を運んでくれました。
悩みイコール楽しみであり、楽しさを引き伸ばして迷いの中に身を委ねて愉しんでいるようなところがありました。


荷を降ろし車内外の大掃除を済ませると結構広く感じ、遠目には新車同様(少しオーバーかな?)きれいになりました。
全ての手続きが終わって入れ替わるのは5月半ば頃。 愛車と付き合いできるのも残り少なくなりました。


去らば「CR-V」! さらば夢の 「シグナス」!

こんにちは 「
シャモニ」! よろしく頼むぞ!


車が終わり夢が又一つ減って・・・、さてはて次は何に望みを抱いて生きて行きましょうか・・・。



 


作成後読み直して誤字 ・脱字 ・表現不足の文章など修正したところがありますがご了承ください。 (2005.2)

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